広告モデルの限界 広告主の批判は新旧問わずメディアを危険にさらす

インターネットビジネスのビジネスモデルは、次のとおりである。

  1. 販売
  2. 課金
  3. 広告

販売は、アナログと同じようなビジネスモデルであろう。
課金は、有料化できるコンテンツがあれば、成り立つ。

そして、インターネットで最も多いのが、トラフィックと引き替えの広告表示である。

しかも、テレビや新聞、雑誌などのオールドメディアも同じように広告を中心としたビジネスモデルであり、テレビ局や新聞社の一部が赤字転落し、雑誌も廃刊が相次いでいる。参照:朝日・毎日・産経の新聞各社が赤字転落 旧メディアの広告モデルが崩壊

産業資本主義を飲み込んだつもりの金融資本主義の暴走が今日の世界的な不況を招いているとしたら、他方では広告をビジネスモデルとする新旧のメディアもまた、存亡の危機に立っているのである。

新興のソーシャルメディアの幼児性

2ちゃんねるが海外企業に譲渡されたとの噂がある。
ダミーではないかとの怪情報も飛び交い、真相は未だに不明確である。

もっともらしいのが、おびただしい訴訟騒ぎから逃れるための、避難もしくは偽装という見解である。

しかし、他山の石とするべきである。

09年気になること②「奥田発言」もう1つの意味合い。 – 広告って、なに?

いずれにせよ、あまりに感情的な報道を続けるマスメディアへの企業側の感覚的嫌悪が急速に上昇していることは事実である。そういうメディアに出稿しても、同じところで毀損されてはそれこそ経費のムダだ。マスメディアや業界人のギャラに化けるくらいなら、自社の労働者に還元した方がマシということになる。
「自社の雇用が批判されている折、テレビ局や新聞の高給与のために広告費を払うことはできない」
こんな発言が飛び出したら、どうなるのか。でも、それが企業側の本音になりつつある。
この問題は想像以上にマーケティングや広告ビジネスにインパクトをもたらすだろう。

特に、新興のソーシャルメディアの運営側が肝に銘ずるべきは、ユーザーをいくら集めてトラフィックを誇っても、出稿する側からすれば購入につながるような客層が存在するかどうかである。

量ではなく、質である。

つまり、広告を出しても、もとから顧客になりそうもない連中ばかりが住人ならば、無駄な経費となるわけだ。
さらに、イナゴ化して攻撃されたなら、見込み客さえ潰されることになる。

そういった媒体には、まともな企業は出稿しないはずである。

例えば、はてなには一流企業が出稿しているのかな?

さらに、特定の企業や業界などに対して、批判、誹謗中傷、営業妨害などの書き込みが見られた場合は、「ひろゆき」のようにいつも訴訟のリスクがついて回る。
書いたヤツではなく、書かれたものを消さない運営者を訴えるのである。

いずれにせよ、広告をビジネスモデルとするところは、トラフィックの量ではなく質が、これからは存亡を左右することになるだろう。

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